誰かのそばに寄り添うということ

本当に美味しいパンってなんだろう。

パンの世界に入ってから、ずっと心の中で抱き続けた疑問です。

美味しいという言葉には無数の味がある。私にとってのおいしいと誰かにとっての美味しいが同じだとは限らない。

一人ひとり違うおいしいを、どう作り上げれば本当のおいしさにつながるのだろうか。

長い間パンを作り続けた今でも、その答えは出ていません。

しかし、一つだけ気づいたことがあります。

それは、おいしいのそばにはいつも誰かを思い寄り添う心があるということです。

当たり前のようだけれど、これはとても大切なことだと思います。

 

世の中には華やかなパンがたくさんあります。

しかし、流行にのったお洒落で見栄えのいいパンはじじだだにはありません。

私は、誰かのそばにそっと寄り添えるような優しいパン。

幼いころ、母が作ってくれたおにぎりのように温かい愛情を感じられるパン。

失敗や後悔をしながら、それでもへこたれず素直に生きる人々のような謙虚さを忘れないパン。

特別ではないけれど、あれは特別だったんだなぁと思えるパンを作り続けたいのです。

おいしいのそばには誰かを思う心が寄り添うのならば、そのおいしさにまずは自分が寄り添いたい。

そうしてじじだだのパンが誰かのおいしいになれるのならば、幸いではないだろうか。

そういう毎日を紡いでいくことが、その先にしか、本当のおいしさはつながっていないような気がするのです。

 そして、いつの日にかじじだだは、パン屋さんではあるけれど人と人とをつなぐ居場所でありたいと願います。

悲しいことやつらいことがあった時、嬉しいことや楽しいことがあった時、

忙しく過ぎ去る日常の中でまあゆっくりしていこうかと荷物をおろし、ほっと息をつくことができる場所。

そこに、焼き立てのパンと、コーヒーと、私と誰かのおいしいがあればもう十分幸せだと思うのです。

 

勢合 優

里美